Play Room vol.9 活動報告

6月23日(土)に行われた“Play Room”vol.9の活動報告です。
今回は メンバーのまきまき(北川真紀)が
活動報告の記事を担当してくれました。
では、まきまきお願いします~。
 
 
皆さん、はじめまして!
Play Room vol.09の活動報告を担当する北川真紀です。
 
インプロは初心者ですが(3回目)、そこで起こる気づきや学び、そしてそれを楽しく続けているメンバーに惹かれて、お手伝いし始めました。
どうぞよろしくお願いします。
 
今回のPlay Roomには12名の方が参加し、木村大望、大川原脩平、内海隆雄の三人がそれぞれの専門を活かしたジャムセッション感覚でファシリテーションを行いました。
 
私の役割は、参加者であること、それから、よく観ることのふたつです。
全体の内容はざっくりこんな感じでした。
 
 
01. Play Room 開始!イントロダクション(大望)
02. 肩もみ/相手の体温・呼吸を感じる(脩平)
03. Poison People(内海)
04. グループ・イエス[Group Yes](内海)
05. 大喜利(内海)
06. 明日からできる!ブレイクダンス講座「エアーベイビー」(脩平)
07. 明日からできる!一発芸講座「いっこく堂」(脩平)
08. 明日からできる!ダビダ・ホー・ビン・ホー(内海)
【休憩】(5min.)
09. マスク[Masks](大望)
10. 同じ理由で出る[Escape for Same Reason]
11. Link the Items
12. 無関係ゲーム[Non-sequential Lists]
13. ふりかえり
 
 
全体的には、「遊び」の要素が強い、という印象でした。
インプロあり、ダンスあり、ゲームありの盛りだくさんの内容です。
次は何をやるのか全く予想できない参加者は、提示されることに軽やかに巻き込まれていきます。
「これって何になるの?」という問いが生まれる余地も残さず、気づいたらゲームに参加しているかんじ。ルールは、遊びながら覚えます。
 
今回やったことで、個人的に特に面白かったと思うところを順番に紹介します。
 
 
02. 相手の体温・呼吸を感じる
外向きの車座になり、両隣の人と手を繋ぎます。そのまま、ただ目をつむって相手を感じる、という活動をしました。
冷たい手、温かい手、小さい手、厚い手。手の平が段々汗をかきはじめ、すべての意識がそこにいってしまいそうになります。
けれど、脩平くんが言うのは「ただただ、力を抜いてぼーっとする」こと。
手を繋ぐ、ということは相手を受け入れ、相手に身を任せることのように思いました。(※1)
 
 
03.Poison People
みんながまた小さく車座になると、それだけで笑いが起こりました。
このゲームは通称:目が合ったら死ぬゲーム。
三角座りをして、合図とともに、右か左のどちらかを向きます。
もしもそのときに隣の人と顔を見合わせてしまうと、その二人はお互いを視線で殺しあってしまうので負け。
負けた人は輪から外れていき、最後に残った人が勝ち、というとてもシンプルなゲームです。
全部で4回行い、そのうち3回は私が勝ってしまいました。つまり、何度もやったのに、ほとんど誰とも目が合わなかったということです。
複雑です、ね、!
 
 
04. グループ・イエス
今回は遊園地の設定で行いました。最後に残った2人がジェットコースターに乗ることを選択し、乗り込む動作をします。
周りの皆は「これからどうなるのだろう」とわくわくした顔で見つめています。そこでふたりは安全ベルトを下げ、いきなりゆっくりと下降し始めました。しばらく、下降したあとで内海くんが一言。「なんでいきなり下がってんの!」
素敵な終わり方で、会場内もどっと笑いが起こりました。
 
 
05. 大喜利
内海くんの司会で、ステージに並んだ3、4人が答えます。
①こんな大学はいやだ。
②バンドが出した最初で最後のアルバムのタイトル
③こんな歯医者はいやだ。
④こんなアンパンマンはいやだ。
「面白くない」回答を言った人は、黄色い風船でもっちにたたかれます。
今回初めてインプロを経験した参加者の方が、最初は困ったような顔をしていたのに、仕組みが分かって面白くなってくると一気に楽しそうな表情に変わったのが印象的でした。
 
 
06. 明日からできる!ブレイクダンス講座「エアーベイビー」
脩平くんと内海くん、ふたりの「思いつき」で始まった「明日からできる」シリーズ。
まずは、両手を地につけ、右肘に右膝をのせるかたちでバランスをとり、浮いた左足を後方に伸ばしてきめる「エアー・ベイビー」というブレイクダンスの型を習いました。参加者の中でひとり、完璧にコピーできた人がいました。凄い。
 
 
07.明日からできる!一発芸講座「いっこく堂」
「いっこく堂」は、あの「声が遅れてきこえるよ」の初歩的な練習をしました。
これも、短時間でできた人がいます。羨ましくて練習していますが、私は未だにできません。
 
 
08.明日からできる!「ダビダ・ホー・ビン・ホー」
「ダビダ・ホー・ビン・ホー」は、内海くんが歌の先生に教わった民族のように声を出す方法、らしいです。
「ホー」の時に息を吸いながら声を出し、ひたすら「ダビダ・ホー・ビン・ホー」を言い続けます。
この方法を試していると、自然と体まで「民族の踊りらしい動き」をするようになるから不思議。
内海くんの手本を見て、「これって、別にできるようになりたくないな…」なんて言っていた脩平くんも、
体を動かし始めると「楽しい!」と笑っていたので、ますます不思議なワークに思えました。※3
 
 
09.マスク[Masks]
そして今回のPlay Roomのハイライト、「マスク」です。※3
今回は実際のマスク(※4)を使うのではなく、まずは普段使わない顔の筋肉を使って「表情をつくる」ところから始めます。
そして、表情を決めたら、今度はその表情に合う声を探します。
ただの声(音)であって、言葉ではないというところが興味深い。
最後に動きを探し、それを繰り返します。
私にとっても初めてのワークだったのですが、一度これをやるとどっと体力を消費するような感じがしました。
面白い顔をされると笑ってしまうので、私はなかなか顔作りができません。それから一瞬でも恥ずかしさが頭をよぎると、もうできなくなってしまいます。
なかなかすんなりと入り込めないワークですが、一度入り込むと、抜けるのにも少し時間がかかるような気がしました。
マスクのワークそれ自体に関してはもっちーが丁寧に説明してくれていたので理解できたのですが、
実際に自分が動いてみることで出てきた問いもたくさんありました。マスク、分からないことだらけです。
 
 
11/12. Link the Items/ Non-sequential Lists
最後に連続して行った二つのワークは、文脈をつくるゲーム、そして、それとは逆に文脈を遮るゲームでした。
マスクで疲れてしまった私は連想ゲームに母国語(関西弁)で勝負。
全く関係ないものを繋げてしまうことに長けている言語なのか、考える前にどんどんアイディアが浮かび、文章を作ることには全く苦労しませんでした。しかし文脈を遮るということが逆に難しい。
相手が「りんご」と言った場合、「赤い」「甘い」「木」「ニュートン」といった言葉はすべてNGになります。
普段の生活や思考がいかに文脈に左右されているのか、ということを体感するきっかけになりました。※5
 
 
ということで、少し長くなってしまいましたが、以上が観察と考察(感想)をふまえた報告でした*:-D
Play Room、参加して残るのは「解決策」というよりも「問い」かもしれません
 
 
次回は7/7(土)七夕の夜(19:00-21:00)の開催を予定しています。
お時間が許せば、是非遊びにきてください!
  
 
おまけ【きたがわ まきの勝手に読書案内】
 
※1 鷲田清一『悲鳴をあげる身体』(PHP新書、1998年)
「私の体は一体誰のものか?」最初から最後まで一貫してこの問いに答えようとする本。引き裂かれた身体の状況を、ピアシングや拒食・過食、性の問題などを扱いながら論じ、他者との関わりにおいてこそはじめて存在する「身体」の本質について考える。「手をつなぐこと」に関する章があります。
 
※2 高木正勝“Tai Rei Tei Rio”(Epiphany Works、2009年)
日本の民族音楽が収録されたCDに、その音楽の音やイメージに合わせて集められた世界中の神話や民話を載せた文庫本がついているという、奇跡みたいなアルバム。「タイ・レイ・タイ・リオ」とは、ポリネシア語で「大きく振れ、小さく振れ」という意味だそうです。
 
※3 キース・ジョンストン Keith Johnstone(著)、三輪えり花(邦訳)『インプロ:自由自在な行動表現』(而立書房、2012年)
もっちが「マスク」の説明の時に引用していた本。最近邦訳が出ました。インプロ界で、もっとも読まれている「教科書」です。
 
※4 Claud Levi-Strauss“the way of the masks”:邦題『仮面の道』(新潮社、1977年)
フランスの人類学者、クラウド・レヴィ=ストロースが自身のフィールドワークの中でつけた参与観察の記録。祭儀で用いられる様々な仮面を集め、ひとつのコミュニティーに多数存在する仮面同士の関係性について考察しています。
 
※5 マルセル・デュシャン Marcel Duchamp『デュシャンは語る』(ちくま学芸文庫、1999年)
デュシャンが便器にサインをしただけの作品を美術館に置いて以来、現代アートは意味のないものに意味づけをする、「文脈」を意識せずには作品を作れなくなったようです。今、どうしてそれほどまでに「文脈」や「物語」が意識、強調されるようになっているのか。現代を考えるヒントになる本です。

北川真紀(Maki Kitagawa)
上智大学外国語学部英語学科 在籍。滋賀県出身。2009年夏、タイ北方の「リス族」の村でフィールドワークを経験。それをきっかけに、人類学、特に芸術の分野に興味を持ち始め、2010年夏から1年間、スコットランドのエジンバラ大学で人類学、美術史を学ぶ。東京では、春と秋がくる度に身を削って古本を売っている。(@千駄木一箱古本市)
twitter:@makiimaki

大望/ Mochi