Play Room vol.5 活動報告

東京では桜が見頃を迎えています。
今年は例年以上の冷え込みが続いたせいで桜の開花の遅れが心配されましたが、
何とか入学式に間に合いましたね。
 
桜が咲けばすることはひとつ。
そう、花見ですね。
どこもかしこも連日、大勢の人で賑わっているようです。
 
 
そんななか去る4月7日(土)に約一カ月ぶりとなる
「Play Room」vol.5を行いました。
 
この日は「アイデア」について考える機会が数多くありました。
とても学びの多い内容であったので、今回はいつにも増して
詳細に書かせていただきます:)

「アイデア」について

「アイデア」という言葉は皆さんにとっても
耳慣れた言葉ではないでしょうか。
 
例えば、
 
 
「何か良いアイデアは無いかね?」
「あの人はいつも新しいアイデアを持っている。」
 
 
などなど。

特に常に新しい発想を求めるビジネスの世界では
ほとんど日常語のように言われているのではないでしょうか?
(私の勝手なイメージかも知れませんが。)

今、何気なくアイデアという言葉を発想という言葉に置き換えていました。
発想という言葉も同様によく聞く言葉ですよね。
 
 
「発想の転換が欲しいよね。」
「発想次第なんだよ。」
 
 
恣意的な部分もありますが、 
アイデアは常に渇望されているもので
それが能力の高さ・評価の高さ・パフォーマンス(成果)の高さ
大きく関係しているということが分かります。
 
 
さあ、このように誰もが喉から手が出るぐらい欲しい“アイデア”ですが、
それを引きだす方法はあるのでしょうか?
そもそも「アイデア」はどのようにして生まれるのでしょうか?

インプロにおける「アイデア」について

インプロで実験をしてみましょう。
私たちの合言葉は「Just Do It!;とりあえずやってみよう!」です:)
 
 
「アイデア」について考えるために
昨日、私たちは「彫刻」「I am a Tree 私は木です」という2つのインプロのゲームを行いました。
このゲームはどちらも「身体を使ってポージングをする」という動作を含んでいる、という共通点があります。

「彫刻」はある人のポーズに別のある人がポーズを加え、
ひとつの「彫刻作品」を作る、というゲームです。
さらに出来上がった「作品」に合ったタイトルを残りの人たちで付けます。

「I am a Tree 私は木です」というゲームは
一本の木から始まります。
その木の周りにありそうな物を連想して木の周りに加わっていきます。
(例えばリンゴ・はっぱ・雲・木こり…etc)
そうやって次々と一枚の「絵」 (あるいは「写真」)を作っていきます。
 
どちらのゲームも誰かのポーズがまずそこにあって、
それにインスパイア(触発)されたアイデアが加わることで
初めてひとつの「作品」が生まれます。
 

ただ、面白いことにこの2つのゲームをやってみて、
「「彫刻」のほうがやりやすかった」という方と
「「I am a Tree」のほうがやりやすかった」という方が
ほとんど同数で居たのです。
(「どちらもやりやすい」という方もいました。)
 
 
その違いは何に拠るものでしょうか?
まずはこの2つのゲームの違いについて見ていきましょう。

2つのゲームの違い

「彫刻」は、
・ポーズをする人は言葉を用いない。
・「作品」に名付ける人はポーズをとる人たちの姿を見て名付ける。
・名付けられた時点で機械的に一番最後にポージングをした人が残って、次の「作品」を作る。

「I am a Tree 私は木です」は、
・ポーズをとる人は自分が何であるかを言葉で説明する。
・最初にポーズをとった人が最後に残すもの(例:リンゴ)を選ぶ。選ばれたものから次の「作品」を作る(例:私はリンゴです)。

 
 
細かく指摘すれば他にもあるかと思いますが、
大まかなところだけでもこれだけの違いがあります。
特に一番大きな違いは「I am a Tree 私は木です」はポーズそのものが言葉に拠って説明される、というところにあると思います。
 
 
このような2つのゲームの違いに着眼して
「やりやすさ」、つまり「アイデア」の生み出しやすさについて
参加者同士で話し合ってもらいました。
 

 
 
すべてを書きあげることは出来ませんが
以下に挙げるような意見が出ました。
 
 
・“彫刻”は自分のポーズに責任を取らなくていいから、ポーズに触発されて加わる分にはとてもやりやすかった。
・「I am a Tree 私は木です」は物語がそこに生まれるから、それに合わせて考えることが出来てやりやすかった。
・「彫刻」は(加わるとき/名付けるときいずれにしても)どうしていいのか分からないことがあった。
・「I am a Tree 私は木です」は「こうしなければならない」という感じがして入りづらかった。
・「I am a Tree 私は木です」はみんなが作っている世界を(自分が加わることによって)壊してしまわないかどうかが心配になった。
・「I am a Tree 私は木です」は言葉と云うよりも音声で言われることに反応してしまうところがあった。
・「彫刻」はポーズが思い浮かばなくなる。
 
 
などなど。

責任について

このなかで私が注目したいのは「責任」という言葉です。
上記の意見のなかでも、とりわけこの2つは「責任」について
言及しているもののように思われました。
 
 
・「彫刻」は自分のポーズに責任を取らなくていいから、ポーズに触発されて加わる分にはとてもやりやすかった。
・「I am a Tree 私は木です」はみんなが作っている世界を(自分が加わることによって)壊してしまわないかどうかが心配になった。
 
 
自分のすることに一定の「責任」が伴われない場合は、
気兼ねなく思ったことが出来る。
自分の発言に一定の「責任」が伴われている場合は、
萎縮してしまって思った通りには出来ない。
 
つまり「責任」の有無はアイデアに大きく関係し、
特に「責任」が伴われているときアイデアは生まれにくくなる

ということです。
 
 
あれ?ちょっと待て、おかしいゾ、と思った方も
いるのではないでしょうか?
 
そうです。
今、私が指摘したのは
「アイデアはあるけどそれを実行するときには「責任」が大きく関係している」
ということであって、
「アイデアが生まれる」ことそのものについては言及していないのです。
 
 
となるとこんな反論が考えられます。
 
「アイデアが出なかったらどうするんだ?」
 
そもそもアイデアが出なければ実行も何も無い、というのは
ごもっともな話です。
 
 
でもちょっと考えてみてください。
アイデアが生まれない、ということは本当にあるのでしょうか?
 
 
また上記の意見に立ち返ってみましょう。
 
 
・「彫刻」は(加わるとき/名付けるときいずれにしても)どうしていいのか分からないことがあった。
・「彫刻」はポーズが思い浮かばなくなる。
 
 
「彫刻」についての、この2つの意見は一見アイデアが生まれない、と言っているように思われます。
しかし本当にそうでしょうか?
即興で出来上がった「作品」に名前を付ける、というルールがあるのに
「どうしていいのか分からない」ということは本当にあるのでしょうか?
はたまた「ポーズをとる」と言われて何一つ動きが思い浮かばないことが本当にあるのでしょうか?

「検閲」について

実はここには目に見えないある「働き」が隠されています。
私たちはそれを「検閲」と呼んでいます。
「検閲」はよりよいアイデアを求めて厳しくアイデアをチェックする働きをします。
「検閲」に声を与えるならばきっとこう言うでしょう。
 
 
「こんなことをやっていいのかな」
「これはまずいだろう」
 
 
さらにその理由を尋ねるとこう答えるでしょう。
 
 
「人に笑われたくないだろう?」
「僕はもっとできる人なんだ!」
 
 
いかがでしょう。
お分かりいただけましたか?
 
実はアイデアは生まれないのではなく、
ほとんどの場合アイデアが生まれていることに気付かない、
あるいはアイデアを厳しくチェックして無きものにしてしまっているのです。

これは先程の「責任」と同じ問題を抱えています。
 
 
つまり人のアイデアは自分自身のなかに生まれる「恐怖」によって
抑圧されているのです。

   
インプロはそのことをあの短いゲームのなかで
教えてくれました。

 
 
では、私たちはどうすればいいのでしょうか?
実は、その答えはまだ私たちも分かっていません。
 
 
なぜなら「彫刻」がやりやすいという人もいれば
「I am a Tree 私は木です」がやりやすいという人もいるからです。
つまりその人によってアイデアを抑圧する原因が違うのです。
(たとえ同じ人であっても状況によってその原因は様々に変化します。)
 
 
だからこそ私たちは探求し続けるのです。
そこでインプロが有効なのは「恐怖」の姿を見やすくしてくれるところにあります。
「恐怖」の姿さえ見えれば対処することができるのです。
さらに不思議なことにインプロはたとえ「恐怖」と戦うときであっても
笑いや感動さえも生みます。
 
あるいは、このように言えるかも知れません。
そういった楽しみのなかで行うからこそ「恐怖」という
この世で一番怖ろしいものと戦うことを可能にさせる
のです。
 
 
この振り返りを見ると
きっと多くの参加者が
「これは私が受けたクラスとは違う!」
と思うことでしょう。
 
 
「私はこんなに怖ろしいことはしていない」
「普通に遊んでただけだけど?」

  
これはあくまで私の振り返りです。
詳しくは参加した彼らに聞いてみてください。
聞けば聞くほど違うことを口にするでしょう。
それがインプロの学びの懐の深さであり、
私たちが夢中になるただ唯一の理由なのです。
 
 
次回は21日(土)18:00~21:00を予定しています。
次回はどんな学びが生まれるのでしょうか?
今からとてもワクワクしています。
 
 
最後に昨日の素晴らしいインプロバイザーたちの似顔絵と
参加者のひとり“たかぴー”が書いた素晴らしい振り返りノートを載せておきます。
 
 

 
 

 
  
 
大望/Mochi