アウグスト・ボアールと『被抑圧者の演劇』 連続講座を終えて

ご無沙汰致しております、大望です。

連続講座が終わってから三週間以上が経ちました。
早く記事にしなければ、と思っているうちにずるずると
やり過ごして来てしまいました。
大変申し訳ありません。

随分と時間が経過してしまったため
情報としての鮮度はありませんが、
その代わり講座終了直後よりも整理された部分も多いので
どうぞ最後までご覧いただければ幸いです。

第一夜

この日は講師であるエイドリアン・ジャクソン氏による
講義形式の会となりました。
主な内容はボアールの方法論とその変遷でした。
1960年代サンパウロのアリーナシアターに所属していた頃に行っていた
「アジプロ演劇」に始まり「同時ドラマトゥルギー」を経て、
ボアールの最も代表的なメソッドである「フォーラム・シアター」、
そして90年代初頭パリ亡命中に開発した”Cops in the head”,”Rainbow of desire”に到るまでの変遷を
明快かつ軽快にお話くださいました。

時間にすれば二時間以上に及ぶ長い講義でしたが、
ボアールの方法論の転機には必ず女性がやって来てボアールに何かを告げる、という物語形式で語られたこともあり、
とても楽しみながら拝聴することが出来ました。

そして講義の最後にエイドリアン氏ご自身が
運営されている団体“Cardboard Citizens”が行った
「フォーラム・シアター」の実践の様子をVTRで観ました。
私自身「フォーラム・シアター」の実践を観るのは初めてであったので
大変貴重な機会となりました。

第二夜

この日はまず先に挙げたエイドリアン氏の団体
“Cardboard Citizens”の活動について約一時間ほど講話がありました。
“Cardboard Citizens”という団体ではその名の通り”段ボールの住人”、
所謂ホームレス(路上生活者)の人々の社会復帰を
支援・促進する活動を主に行っています。

団体が掲げる社会復帰までのサイクルとして
Engagement(関与する)→Learning(学ぶ)→
Support(支援する)→Progression(前進/発展させる)

という四つの柱が挙げられています。
“Cardboard Citizens”において「フォーラム・シアター」は
“Engagement”の活動として重要な役割を果たしています。
まさに演劇を通じたEmpowermentの活動と言えるでしょう。

また”Cardboard Citizens”ではスタッフ並びに関係機関が連携して
ホームレスの人々の就労支援などの支援が行われるのですが、
その内容が社会福祉事業として非常に充実しています。

そういった意味で”Cardboard Citizens”の活動は劇団の枠に止まらず、
より広い意味での社会活動として評価し得るものと言えるでしょう。
このような演劇と社会の接合点も「第三の道」として
考えていくべきであると感じました。

講話の後にはエイドリアン氏がファシリテーターとなって
「イメージ・シアター」やそれに伴う幾つかのアクティビティーを
実際に行いました。
ゲーム自体は日頃から馴染みのあるものもあり目新しさはありませんでしたが、
エイドリアン氏の運び方が丁寧かつ流暢であったことが非常に印象に残っています。
「何をやるか」ではなく「どのようにやるか」が大切だということを改めて実感しました。
「イメージ・シアター」ではエイドリアン氏が
観る人と演じる人を巧みに織り交ぜながら
その場にいた全員が関心を示すように丁寧に促してゆき、
最終的には非常にメッセージ性の強い空間が作り出されていました。
とはいえ強いるような雰囲気はほとんど感じられず
少しずつ内側からの言葉が表れてくるようでした。
とてもセンシティブなメソッドであると言えるでしょう。

第三夜

この日は演劇デザインギルドの皆さんが中心となって
ワークショップ形式でボアールの方法論について学ぶ会となりました。
演劇デザインギルドの皆さんはこれまでにもボアールの方法論について
研究会を開催し実践を行いながら研究を重ねてこられました。

その成果もあって参加者の皆さんと実際に活動を行いながら、
意見を述べ合うことの出来る大変良い機会となりました。

最終夜

この日は四日間の連続講座の締めくくりということで
エイドリアン氏をはじめ松井憲太郎さん、里見実さん、
演劇デザインギルドの皆さんと講座の参加者全員で
ディスカッションを行いました。

今回の講座で学んだ内容について
日頃の活動や問題意識と合わせた
多くの人の意見が聞けたことにより
またさらに学びが深まったように思います。
私も到らないながらエイドリアン氏に質問させていただきました。
エイドリアン氏からいただいた回答に加え、
思いがけず里見さんや松井さんのご意見も伺うことが出来ました。

総括

ボアールに関する書物は
日本語に訳されているものが現段階では一冊しか存在せず、
またボアール自身は2009年に他界しているため
彼の方法論や実践に触れる機会はとても限られています。
そのなかで今回の連続講座は非常に有意義な学びの場となりました。

会場でお会いした『被抑圧者のための演劇』の邦訳者である里見実さんは
次のようにおっしゃいました。

「ボアールのエクササイズは、あきらめずに「ストップ」を掛けること、
自動的な「物語」の流れを中断させる介入行為のためのエクササイズだと思っています」

ボアールの代表的メソッドである「フォーラム・シアター」の独自性は
観客が目の前に繰り広げられるドラマに対して
介入が許されている点にあります。
この介入行為を通じて私たちは顕在する抑圧に対して働きかけることが出来ます。
またそれは自己に内面化された抑圧と向き合うこととなるでしょう。
ボアールの方法論が”Cops in the brain”、”Rainbow of desire”という
個人の内面に働きかけるものに変わっていったことも
注目すべきことでしょう。(奥さんの影響も多分にあるそうですが。)

私たちの生きる国において抑圧は自明のものとしてではなく、
複雑に内面化されたものとして現れているように思います。
そういった意味でボアールの方法論には未だ研究され尽くされていない現代的意義がある、と言えるのではないでしょうか。

編集後記

最後までお読みいただきありがとうございました。
この記事を書きながら
ボアールの『被抑圧者のための演劇』に対する理解も十分でないことを痛感致しました。
今度、座・高円寺の一期生の皆さんと『被抑圧者のための演劇』に関する研究会を行うので、
そこで改めて勉強し直したいと思います。

最後となりましたが、
今回の連続講座の開催にあたってご尽力いただいた
早稲田大学の藤井先生、
富士見市民文化会館「キラリふじみ」の館長でいらっしゃる松井憲太郎さん、
『被抑圧者のための演劇』の邦訳者である里見実さん、
演劇デザインギルドの皆さん、
そしてイギリスからお越し下さったエイドリアン氏に
心からお礼申し上げます。
 
 
大望/ Mochi